1 イエスの弟子たちは、この中で誰が一番偉いかと論じ合っていました。少し前に三人だけ
が選ばれて、主と共に行動したことも影響していたかもしれません。しかし、人が集まれ
ばグループ内の順位付けが始まるのは、彼らだけではないでしょう。自分と他者を比較せ
ずにいられない性質もまた、罪が引き起こす悲しい現実の一面です。
2 彼らの心中を見抜いたイエスは、一人の幼子を側に立たせて教えを説きました。当時、子
どもは無力で無価値、顧みられない者の象徴でした。しかし、主はその子どもとご自身を
結び付けるのです。主の教えから何を学びますか。①神の国には「誰が一番偉いか」とい
う議論や争いはない→そこにいるのは、全て主の十字架によって罪赦され、救われ、永遠
の命の恵みをいただいた人ばかりで、比較の必要がありません。あなたは、比較の世界か
ら解放されていますか。
3 ②真の偉大さは人の上に立つ歩みにあるのではなく、仕える歩みにこそある→この世にお
いて偉くなる方向(上方)と、神の国において偉くなる方向(下方)は正反対です。クリ
スチャンの模範は、神の子でありながら十字架の死に至るまで低くなられた、キリストご
自身です。神の国の栄光は、あなたが高く上がっていく先ではなく、低く下っていく先に
あります。あなたが今日、小さくなって仕えるべき人は誰ですか。主の力をいただいて、
新しい心で仕えてみませんか。